最悪腕落とされるらしいよ。スラム化して危険すぎた歌舞伎町90年代

こんにちは。マグロのとろみんです。

歌舞伎町の住人を卒業してからは、ディープなエリアにはあまり寄らないようにしていた私。(具体的には歌舞伎町2丁目)

 

ところが数年前、

趣味のサルサイベントで、歌舞伎町ディープゾーンを訪れてビックリ。

観光客や善良な市民で溢れかえり、明るい雰囲気じゃないですか。

(そもそも歌舞伎町2丁目でダンスイベントがある自体驚いた)

 

今日は私が歌舞伎町でボッタクリバー勤務していた頃の

お世辞にも安全と言えなかった歌舞伎町の様子をお話してみようと思います。

 

 

 

おーい。東洋一の歓楽街がどうした?閑古鳥がないてますが。

 

それはバッタバタと倒産していく会社が多かった90年代後半でした。

企業倒産年次推移

商工会議所調べ: グラフ出典元

 

歓楽街というのは飲食業が多く、リアル店舗を構えているため

人がやってこない事には商売になりません。

 

例えば「株取引」も景気に影響されやすい。と言われますが

水商売はそれ以上。と思います。

株の場合は、たとえ相場全体が悪くても、その会社自身が成長盛りだったりすると

相場全体の波に引っ張られる事なく、株価うなぎのぼり。なんて事もあったりします。

ですが、

水商売。これは景気が陰ると、とたんに打撃食らうんですねー。

 

もしかしたらあなたもそうかもしれませんが、

景気悪くなるといわゆる贅沢品に使うお金を減らす方多くなりますよね。

外食やめて家で食べたり、お昼もお弁当持ってったり。洋服などの買い物も控えたり。

そんな感じで繁華街から人が遠のき、街が元気なくなり、閑古鳥が鳴いちゃうわけです。

 

 

私が闇の商売ぼったくりをやり始めたのがまさにそんな感じで

世の中が寒々しくなっていくのを感じ始めた頃。

 

年末年始の賑やかな時期を過ぎ、

飲食店にとって厳しい月と言われている閑散期の2月に入る頃には、

気が付いたら歌舞伎町の向こう側が見えるくらい人通りがなかったです。

 

まぁ例えるならば、夜中であれば歌舞伎町一番の目抜き通りで100m走しても人にぶつからない位の人出。

 

眠らない街とか、東洋一の繁華街って言われてたのは過去の事?

と感じるくらい静かな夜が続いてました。

 

一方、ぼったくり業で稼いだ。なんて人にも沢山会ったけど

私自身はぼったくりで「稼げる。」なんて実感した事は全然ありませんでした。

むしろなんとか食べていける。程度。

 

1回の請求で何十万。なんて数字どうしたら出るんだろう?

そんなの実際はないんじゃないか。位に感じてました。

 

 

歌舞伎町よ。いつからスラム化した?もはや外出禁止な治安の悪さ

 

そんな当時は、

東京都が「新宿を明るい街にしよう。」と動き始めたのもあり、浮浪者が一掃されたり、

風営法に関する条例が変わったり、他にも法改正されて変化が出てきた頃でした。

 

歌舞伎町で生きてきた不良を稼業にする方々にとっても、

「今まで通り」が通じなくなり生き辛い世の中になってきた頃だった様です。

 

そんな長年不良を稼業にして来た方々にとって逆風が吹き始めた頃。

新しいタイプの不良さんグループが勢いを増してきており

歌舞伎町でも猛威を振るっていました。

 

どうも日本の国籍を持っている2世、3世の中国系の方達メインで構成されているらしいのですが

容赦ないのと、見境ない手口を聞く度に

「こわっ!ハンパないし。気をつけなきゃ」と思っていました。

 

そんなある日の事。

私が働くぼったくりバーのママ経由で

その中国系グループの方と思われる人に襲われた実際の話を聞きました。

 

 

「ねぇ。さっきさ、そこの「スナック武田(仮名)」のババァに会ったんだけど

首が真っ赤に腫れてるわけ。」

 

「どうしたんですか?って聞いたらさ、すれ違いざまに男の人にネックレス引っ張られて取られたって言ってたんだよ。」

 

しかも犯行現場は、歌舞伎町のディープゾーンである歌舞伎町2丁目であったとはいえ、

裏の暗い道とかではなく、人通りが多い明るい道だったと。

 

それ聞いた時、「ここ(歌舞伎町)は外国のスラム街か?」と思いました。

 

そのスナック武田のババァ(byうちのママ)さんは、

見た目的にも立派な、太いゴールド製チェーンネックレスをしていたとの事。

 

太いゴールド=重量があるから売ったらお金になる。

という理由で狙われてしまったんだと思いますが、太目だったことで首から引きちぎる際

相当な負荷がかかり真っ赤に腫れてしまったと。

 

引きちぎるとかヤバすぎる。

 

うちのママによると

「その海外筋のグループは手段選ばないから恐ろしいよ。

噂によると、時計奪うのに時計じゃなくて腕切る。そんな勢いらしいよ。」と。

 

まぁ・・・最後にママが言った事は物の例えかと思いますので、

実際腕落とされるって中々ないと思います。(あくまで私の推測)

 

ちなみに、かねてから新宿で不良を稼業としてきた人達が起した無茶は、

「メンツを保つ為の行動の一環」として起きたものが多い気がします。

ですがその海外筋グループは

目的を果たす為ならなんでもやる。みたいな姿勢が見え隠れして

人の命よりも物や目的の方が大事なのかな。と思い、とても怖かったです。

 

あ。そうそう。90年代後半に日本のそこら中で高級車が盗まれてた事件の一部も

このグループの仕業。と言われています。

恐ろしやー。荒れてた時代だったんですね。

 

 

あわせてこちらの記事もどうぞ
えっ客の指折るの?元銀座ホステスが経営する恐怖のぼったくりバー

 

 

そんな「スナック武田」のババァが摘発・逮捕された

 

海外筋の荒くれ者。と思われる人にネックレスを引きちぎられた

「スナック武田」のババァ(byうちのママ)さん。

 

驚く結末で歌舞伎町から姿を消してしまいました。

 

それはある日家でテレビを見ていたときの事。

「歌舞伎町で暴利バーとして営業していた店を摘発。従業員を逮捕しました。」

とアナウンサーがニュースを読み上げました。

 

そして流された映像には「スナック武田(仮名)」の看板が。

ニュースとしてはほんの30秒程度のニュースでしたが

そのニュースではハッキリと「逮捕」と言ってました。

 

事の真相が良く分からないのでとりあえずその夜も

私が働くぼったくりバーへ出勤。

当然ながらニュースの話題になり、どうやら本当に「スナック武田」はやられてしまった。

という事が分かりました。

「スナック武田」の女性達は私の母親かそれ以上の年齢でした。

 

一体どんな背景でぼったくり。という仕事をする事になったのか知りませんが、

彼女たちが普段地味な格好をして、

目立たないように働いていた様子を見る限り、

それ相当の壮絶な人生だったのかなぁ。なんて思います。

 

そして、こんな事思うのは変かも知れませんが

あの年齢で塀の中の生活をするのはきっと大変だよな。。。。

とも思っている私がいました。

 

確かに犯罪を犯してしまった「スナック武田」は悪いと思います。

けど世の中ではビルの谷間の狭間の様な空間で生きるしかない人間だっているんですよね。

で。そのループから抜け出せないまま、悪い。と知りながら犯罪に手を染めている。

 

もちろん悪い事をする人がいけないんだけど、

世間から外れちゃった人を受け入れる受け皿が少ないのもまた事実。

いわゆる「弱者」と言われる人が結局冷や飯を食うことになるんだろうか。

とこの事件を通して感じました。

 

 

裏稼業には厳しい時代到来

 

今日は、歌舞伎町が不景気で寂しかった90年代後半。

そしてその頃は、

新しいタイプの海外系グループが乗り込んできていた。

という事について書きました。

歌舞伎町もそんな頃があったんですねー。

 

その後も東京都による「歌舞伎町クリーン計画」は着々と進みます。

闇で生きる人間たちにはより風当たりが強くなっていったんですね。

 

そんな風当たりが強くなる中、

我々のお店も刑事さんに目をつけられる事に。

 

うちの店の前にも張り込む刑事さんが来たりしました。

刑事さんって結構あからさまにお店の前に張り込んでたりするんですね。

TVや小説で抱いていた様子と違い、その点が意外でした。

 

その記事はこちらから ぼったくり業界が震撼。もうだめだ!歌舞伎町に刑事が放たれたあの日

では。読んでいただきありがとうございます♪

 

こんなに晒してしまっていいのかっ?歌舞伎町の裏事情書いてます♪

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