【ザノンフィクション】大川小・奇跡の生還者てっちゃんに教わったこの世に生きる意味

写真出典元:ザ・ノンフィクション
こんにちは。マグロのとろみんです。

3.11の様な大災害で家族を亡くすって、いったいどうやって向き合えばいいんだろう。

しかも。自分自身が被災者であったら余計にそれは難し過ぎてどう考えて良いか分からない。

それが私の正直な気持ちでした。

 

2021年3月14日放送【ザ・ノンフィクション】

~わすれない 僕らが歩んだ震災の10年 後編  感想です。

 

 

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石巻・大川小の哲っちゃんが歩んだ震災後の10年

 

今回の放送は

前回に引き続き、東日本大震災から10年。

 

震災当時小学生だった被災者が

どうやってこの10年を歩んできたかを振り返る回でした。

 

前回は、南相馬市で被災され、

自宅が原発から近かった為に、震災の翌日に自宅を後にしなくてはならなくなり

そこから10年。

 

違う土地に住む事になった島絵理奈さんの

震災後の故郷に対する想いと、帰れぬ葛藤。

そして新しい土地で暮らす。という事を受け入れて大人になっていく様子を追った回でした。

 

 

その続編の今回は

震災当時10歳だった只野哲也さん(哲っちゃん)が主人公です。

 

哲っちゃんは

石巻市の大川小学校で被災します。

 

大川小学校は津波に飲み込まれ、

全校生徒の7割が犠牲者となってしまった悲惨な現場です。

 

震災当日。

哲っちゃんも濁流に流されるものの

奇跡的に裏山の方に押し上げられる様に流され

一命を取り留める形で生き延びました。

 

が。

哲っちゃん自身は難を間一髪で逃れたものの

 

妹。

お母さん。

おじいさんの家族3名を失い、

 

さらには

クラスメイトの約半数も亡くなってしまった。という事が発覚。

 

そういう状況の中、

哲っちゃんは

 

震災の日に何があったのかを世の皆に伝えなくては。

という気持ちから

 

自らがメディアに露出して、インタビューも積極的に答える事を続けてきました。

 

メディアに顔をだし、自ら発信する事で

世に事実を伝え続けた哲っちゃん。

 

でもその事で

常に人の目を気にするようになり

自分は正しい事をしているんだろうか?と葛藤した時もありました。

そんな哲っちゃんの10年を追ったのが

今回の放送内容です。

 

 

「死」に直面して悲しまないのはおかしいことなんだろうか

 

今回の放送の中で一番印象的だったのが

哲っちゃんのお父さんの言葉です。

 

震災当時、10歳だった哲っちゃん。

お母さん、妹、おじいさんを亡くされ、

その3人の葬儀の日の事をお父さんが思い出して言った言葉はこんな事でした。

 

「あいつ(哲っちゃん)は火葬場で泣かなかった。」

 

「だから、我慢しなくていい。ここは泣いて良い場所なんだ。って伝えた。」

 

そしたら哲っちゃんは泣き出した。

とお父さんは言っていました。

 

番組では以上の事以外知れなかったけど

本当はもっと色んな事を話してくれていたんだと思うので

その話を聞いてみないと分からないんだけど

 

人が亡くなった事に対して

泣けない。ってそんなにおかしいことなんだろうか?

と私は思ってしまった。

 

 

亡くなった。

という事実で人は泣くのではなく

 

亡くなった人と今後2度と会えない。とか

楽しかった日々を思い出して泣くんじゃないんだろうか?

 

そして。

10歳の子供にとって、実は「死」が何なのか。

って事が分かってないから泣かなかったんじゃないか?という事を思った。

 

 

事実。

私も小学生の時に祖母が亡くなって

葬儀参列した事あるけど

当時は、人が亡くなる。が分からなくてポカーンとしていた記憶がある。

 

 

哲っちゃんの場合、

特に家族とか周りの知人、そして近所の方々をいっぺんに亡くしているんだから

何が何だか分からない混乱の時期だったと思う訳。

 

きっと当時の哲っちゃんの心理状態を心配して

お父さんはそういう発言をされたに違いないにせよ、

ちょっと違和感感じるなぁ。

なんて不謹慎ながらも思ってしまった。

 

 

ともあれ。

むしろ子供であった哲っちゃんよりも

奥さん、お子さんと実のお父さんをいっぺんに亡くす事になってしまった

哲っちゃんのお父さんの方がずっとずっと精神的にきつかったんだろうな。

と思う。

 

 

テレビの前では子供である哲っちゃんを気にして

「我慢しているんじゃないか」

と心配してあげているけど

 

私がお父さんだったら。と考えると

 

実は人の心配してあげられるほど余裕ない位に

きつかったんじゃないかな。

と思ってしまう。

 

 

そんな事を思いながら

実際、

私が家族を亡くしたら一体どんな気持ちになるんだろうか?

と考えてみた。

 

 

考えてみる事しばし・・・・・。

 

正直。

親とかの事を考えるとあまり心は苦しくならない。

 

親には思春期位から本音をあまり言えてないので

時間を共有したって感じがないからなのかなぁ。

 

けど。

一緒に楽しい時間過ごして、一緒に笑ったり

時に色んなことを一緒に考えたりした相手が

そういう災害に巻き込まれて亡くなった。

 

とか

 

自分の飼っていたペットとかが

災害に巻き込まれて

もうこの瞬間から会えない。って考えると

相当ダメージ大きいし

心が締め付けられる。

 

こういう風に文章にすると

何か私、家族に対してものすごい冷徹な人の気もしてくる。

 

 

が。その背景としては

私の場合、

私が長女という事。

そして。

 

うちには弟がいるけど

正直なところ全く頼れる存在ではないので

(役所関連手続きとか全く出来ないし、貯金もない)

 

多分私が色々手続きしないといけないんだろうなー。

と、

手続きなどの事とか

 

今現在は親が健康だから

どんな財産状況で

何をどうしているか知らないけど

 

その状態で亡くなってしまった場合

一体何か月あればその手続き完了するんだろう。。。

 

 

という事を前提にして考えを進めてしまう。

という事があるのかもしれない。

 

もしかしたら単純に

家族が亡くなる。

って現実的じゃなさ過ぎて自分の頭が付いていけないのかな?

 

 

ここにいるよ。亡くなった家族・知人からのメッセージ

 

そんな事よりも。

災害に襲われた町では不思議な事が沢山起きるもんだ。

なんて事を放送観ながら思った。

 

震災から半年後、慰霊碑を立てる式典があった帰り道。

哲っちゃんのおじいさんの乗っていた船が田んぼの真ん中で見つかります。

 

式典当日に流されたと思っていた船が見つかった。

というのもすごい話だけど

 

運転していたお父さんが遠くにふと見えた

ボロボロになっていた船を見て

「あれ、うちの船だろ!」と気が付けたのが凄い。

 

 

また、

3年後。大川小で行われた慰霊追悼法要の時。

2時46分を迎え

弔いの意をこめてサイレン音が鳴り響くなか。

 

哲っちゃんは

校舎の、とある教室を通りかかりながら

「あ。本当だったら妹は今年小学校卒業だな。」

と、思い

 

その場にたたずみ

仰げば尊しを歌いました。

 

と。

 

突然歌を歌うのを中断する哲っちゃん。

なんだろう?と思っていると

 

「歌ってたらその場にこれがあった。やっぱ呼ばれているんだよー。」

と言う哲っちゃん。

 

その手には、

妹さんの国語辞典がにぎられていました。

 

たまたまその教室に「生徒の遺品」として

整理されて置かれていた物の中に

妹さんの遺品を発見したそうです。

 

 

それらは偶然かもしれません。

けど。

 

 

私には、それは確実に、生きていた人の心がそこにあっていて

今生きている人に向かってサインを送ってきてくれている。

 

という様に見えた。

 

先日も。

ニュース見てたら

震災から10年を間近にして

ずっと行方不明だった、家族の遺体が発見されて

 

10年という時を超えて遺族の元にご遺体が返された。

というニュースも目にしたし。

 

 

なんかさ。

こういう見えない力って不思議だけど実際あるんだろうし、

 

そうやって

亡くなった人を感じられる瞬間っていうのがある。

っていう事を思うと

微かに救われた気になるのは私だけなのかな。

 

 

街が壊滅的な被害を受けた様な災害で

生き延びた。ってなると

どうしてもご家族を亡くされた遺族の事を考えて

後ろめたさ感じちゃったりすることもあるんだろうけど

 

亡くなった人からの声。を

この世で伝えられるのは生還者しかいないんだよね。

 

 

それに関しては色んな考えの方がいると思うし

いて良いと思う。

 

今回の放送の中でも

お子さんを亡くされた方が「生きている子をみると苦しくなる時がある」

と言ってらした方がいたけど

それも一つの考え。

それも勿論間違ってない考えだと思う。

 

けど。私は、「体験者だから伝えたい事がある」

と思う方が後ろめたい気持ちを持たずに発信出来る世の中になってくれるといいな。

なんて思います。

 

 

哲っちゃんが遭遇した不思議な出来事を見て

そんな事を思いました。

 

 

 

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生きるって事を考えさせられたよ

写真出典元:ザ・ノンフィクション

今回の【ザ・ノンフィクション】の様な

天災による被害を受けたその後。みたいな内容って

 

その当時

どんな立場で、どんな被害状況で、どこにいたのか。

これにより全く意見も感想も異なる事だと思います。

 

こういう事考えるとグチャグチャな気持ちになるし

答えは正直出ない。

 

だって正解なんてないから。

 

私も考えていると分からなくなる。

でも。

今回思ったのは、ご自身も被災者であり

 

いっぺんにご家族3人も亡くされた

哲っちゃんとそのお父さん。そして哲っちゃんのおばあさん。

 

このご家族が

どうやって震災と向き合い、

自分の中に受け入れてこの10年を過ごしてきたのか。

 

そして

10年という節目を迎え

将来に向かってどんな気持ちで進んで行こうとしているのかを拝見して

 

 

どんなことがあっても

人間って生きている限り一歩一歩進んで行くしかないんだよね。

 

それが生きている人としての

最低限の運命(さだめ)なんだろうなぁ。って思った。

 

っていうか。

逆説的に言うと

どんなに辛くともそれを乗り越えてすこーしずつで良いから

進んで行く事こそが

 

生きている証であり、生きている楽しみなんだよね。

その為に我々生まれてきているんだよなー。

 

って事を考えさせられました。

 

なんだか哲学的になってしまいましたが

とにもかくにも。

 

どこに住んでいたって

明日、どうなるかは誰にも分からないのだからこそ。

今日出来る精一杯の事を。

 

極端な話、自分が明日どうなっても後悔しない様に

少なくとも周りの人と、今ある環境。そして自分が心身共に健康である事に感謝して

生きていくようにしよう。

 

そんな事を思いました。

 

そして

私達だって

日本にいる限りいつどこで

そういう天災に見舞われるか分からないから

 

全然他人事ではなく

自分の事。として捉えるべきなんだよね。

という事を思いました。

 

 

今日は以上です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

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