【生きてりゃ何とかなる】トキの言葉体現し逆境の中強く生きる女教師

こんにちは。マグロのとろみんです。

懐かしい方に会ったのですが、その方の人生が壮絶すぎてショックを受けました。

と同時に、辛い境遇の中でも強く生きる様子を伺い、

変な言い方ですが、ジブリ映画に出てくる1本芯の通った女性キャラとリンクし

「美しい」とさえ思ってしまいました。

あなたはもし不慮の不幸に見舞われ、逆境に陥ったらどうしますか?

 

 

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旦那さんも一人娘も亡くしてしまうってどんな気持ちなんだろ…

 

先日。街のバレエ教室の発表会にお邪魔してきました。

私がちびっこの頃習っていた教室の発表会です。

 

そのバレエ教室で会った人の中で何故かいつまでも忘れられない人がいました。

私が小学校 中学年の時、高校生だった「茜ちゃん」というお姉さんです。

 

高校生の「茜ちゃん」は、

ものすごく上手。というわけではないんだけど

今でも踊っている姿を思い出せる様な、

心が惹きつけられるステキな踊り方をするお姉さんでした。

 

実は茜ちゃんのお母さんは小学校講師をしていたのですが

何の巡り会わせか偶然が重なり、私の兄弟の担任だった事があります。

 

とはいえ、茜ちゃんはお姉さんなので、バレエ教室には勿論一人で通っており

親御さんが教師って事すら最初は知りませんでした。

 

確かバレエの発表会か何かの時に

私の母と、茜ちゃんのお母さんがばったり会い

発覚した気がします。

 

私の通っていたバレエ教室は自宅から車で20分掛かるところだし

小学校だって、バレエ教室だって沢山あるのに

そんな繋がり方するのってすごいなー。って思いました。

 

先日その茜ちゃんのお母さんに

バレエの発表会でおおよそ四半世紀ぶりにお会いしました。

 

 

たまに茜ちゃんの事を思い出してた事もあり

「私の事は分からないだろうなー」と思いつつも

話しかけさせてもらい、しばしお話をして

「茜さん、お元気ですか?」と尋ねました。

 

それに対して茜ちゃんのお母さんは

「茜ね、亡くなったのよ。」

 

「もう19年前になるね。交通事故でね。」

と。

 

ショックでした。

私がたまに思い出していたお姉さんはもうこの世にいなかったのです。

 

ショックだったのと同時に

茜ちゃんのお母さんの人生って壮絶過ぎる。

真面目に学校の先生やっていただけなのに。と思いました。

 

実はその昔。私がバレエ教室に通っている頃、

先生の旦那さんは何らかの事情で

自ら命を絶ってしまい、お亡くなりになっているんですね。

 

確か地方の議員さんか何かをされていたので

新聞にも載っていたような事件だったと思います。

 

旦那さんも亡くなり、一人娘まで亡くなってしまったら。

私だったら苦しすぎて耐えられないと思います。

 

ずっと一人で暮らしている。と言う

茜ちゃんのお母さんの心の内を考えたら何も言えなくなってしまいました。

 

茜ちゃんのお父さんがお亡くなりになった当時、

私は子供だったので細かいことは全く知らないのですが

間もなくして茜ちゃんはバレエを辞めてしまいました。

 

踊っている場合じゃなくなっちゃったみたいです。

 

それから10年後。まさか茜ちゃんまでもお亡くなりになっていたとは・・・

 

 

そんな厳しい境遇の中強く生きる茜ちゃんのお母さん。

 

その様子に、私の頭の中には

ジブリ映画の「もののけ姫」の終盤で

トキさんという女性キャラが言い放ったセリフ

 

「生きてりゃ何とかなる」

 

と、もののけ姫のオープニングで流れる

「アシタカ聶記」という曲が流れ始めました。

 

与えられた境遇の中で地に足を着け生きていく。

という様子が多分リンクしたんだと思います。

 

 

どん底からの這い上がりを見せてくれたバレエ教室の「茜」お姉さん

 

不幸にも家庭の事情でバレエを辞めてしまった

茜お姉さん。

その後は思春期という時期と重なった事もあり

結構荒れてしまっていたみたいです。

 

茜ちゃんがバレエを辞めた翌年か、翌々年か。

バレエ教室の発表会で「バレエの先生に花束を渡す」

という役割でステージにチラッと出てきた事がありました。

 

結構荒れてしまったらしい。と聞いてはいましたが

体重が20kg以上は増量し、

ファッション的にもいわゆるヤンキーっぽいし、化粧も派手め。

髪の毛もショートヘアで襟足刈り上げてる。

という出で立ちで登場したのでちょっとビックリしました。

 

バレエをやっていた頃のお転婆だけど可憐。

というイメージの茜ちゃんじゃなくなっていたんですね。

 

お父さんお亡くなりになり、色々環境も変わってしまい

精神的にかなり辛かったんでしょうね。。。。

 

 

その後、私も思春期の頃は

バレエと縁がなくなっていたのですが

 

20歳になった頃。

久しぶりに通っていた教室の発表会を観に行きました。

 

 

すると。

そこにはあの「茜ちゃん」が踊っているじゃないですか!

 

思わず息をのみました。

 

1作品、そして冒頭部分だけ踊って直ぐに引っ込んでしまったのですが

紛れもない茜ちゃんでした。

荒れてしまった茜ちゃんの姿を見てから6年くらい経ってたと思います。

 

健康的な体型に戻り

以前の様な朗らかな雰囲気で踊っていました。

 

踊っていたのは名曲

組曲『ペール・ギュント』の「朝」という曲を使った振付。

ご興味ある方いたらお聞きになりながらどうぞ

 

「朝」という曲名だけあり

森の中で妖精が目覚めるシーンから始まる振り付けでした。

 

妖精が目覚めるだなんて、

茜ちゃんの過去を知っている人がみたら

「辛い厳しい時期が終わり、春が来た。」

というイメージを抱いてもおかしくない振り付けです。

 

彼女の置かれた状況と踊っていた作品がマッチして

見事返り咲き。という印象を受けました。

 

良かった。またバレエやっているんだ。

また踊っているんだ。

踊ろう。って思えるようになったんだ。

 

と、安心した事を覚えています。

 

でも。

茜ちゃんのお母さんから聞いた話からすると

それから1年位の間に事故にあってしまった。

という計算になるんだな。と思いました。

 

亡くなってしまった事実は残念ですが、

少なくとも再び踊っている姿を少しでも見れて良かったと思います。

 

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自暴自棄になり、別人の様になっても復活出来る人と出来ない人の違い

 

お父さんの不慮の死。

という辛い出来事をキッカケに、一時期びっくりするほど荒れてしまったものの

見事返り咲きを果たした茜ちゃん。

 

理由は何であれ、

人生のレールから足を踏み外してしまった人の中には

その後軌道修正できる人と

そこから立ち直れずに何処までも違う方向に行き続けてしまう人。

 

悲しいけど2種類の人が居ると思います。

 

その2つに分かれてしまう理由はどこにあるんだろう?

 

という事を最近、

偶然にも私自身が考えている最中だったのですが、

茜ちゃんの事例から1つ目の答えが出た気がします。

 

◆人生のレールから足を踏み外してしまったけど戻れる人

 

受け入れてくれる場所がある事

且つ

打ち込める何かがあること

 

 

振り返ってみると、バレエ教室の先生始め、皆さんは

戻ってきた茜ちゃんを普通に受け入れたから

踊る事ができたんだろうな。と思います。

 

というか。バレエの先生はきっと。最初から戻ってきてもらおうと思って

連絡とったりしてたのかな。とも思います。

 

じゃなきゃ荒れてしまった茜ちゃんに発表会のラストシーンで

教室の先生に花束を渡す。という役をお願いするわけないんですよね。

 

バレエ事情詳しくない方へプチ情報:

バレエ発表会は全ての演目終了後に先生が舞台に呼ばれます。
ファッションショーの最後にデザイナーがランウェイに呼ばれる感じですね。

その際、今回の主役か、ゲストのプロダンサーが花束を渡す。という構成が一般的です。
なので花束贈呈は誰でも出来る役ではなかったりします。

 

 

さらに。

ただ単に受け入れてくれる場所があっただけでなく

そこが「何かに打ち込める」環境だったのも大きいと思いました。

 

人間誰しも弱いので、相手が受け入れてくれる。と思ったら

場合によっては甘えてしまい、また楽な方へ流されかねないと思うんです。

 

だから受け入れてくれるのと同時に

そこで自分が過去を振り返る余裕のない位

何かに打ち込める環境であればある程いいのだろうな。と思いました。

 

今回であればバレエですよね。

特に数年というブランクがあった茜ちゃんは

一生懸命練習する必要があったと思います。

 

時間を忘れるくらい打ち込める何かがある。

それも辛い事忘れたり、またフラっと変な方向に戻らないで済んだ理由の1つなのかな。

と思います。

 

 

と、私。偉そうに結論づけていますが

実は私自身、15歳で人生のレールから踏み外れ、

結構アウトローな感じで過ごしていた時期があるのにも関わらず

現在しれっと会社員やっていたりします。

 

私が普通の生活に戻れたのはただ運が良かっただけかもしれないのだけど

事実、戻れないまま突っ走っちゃう人もいるわけで、

「なんで私は今まともな職業に就くことが出来たんだろう?」

「何故アウトローな世界から抜け出せたんだう?」

と、自ら探りながら考えている局面にあるんですね。

 

なので上記に書いた考えは自分の経験と照らし合わせてどうか。

という視点で考えてみての結論です。

 

私のケースは仕事。でしたが

私の過去を知った上で受け入れてもらった上に

その仕事場では過去を振り返る余裕のない位必死に仕事してた。

という共通の経験しているな。と思い、今の時点での答えです。

 

関連記事:

【黒歴史】現在「お局経理」の、15歳家出・歌舞伎町「底辺生活」

 

 

うちのバカ息子よ。反省しろ。しまくれ。あほんだら!

 

さて。

最後に懐かしい茜ちゃんのお母さんであり

私の兄弟くんの担任であった大山先生に会った事で発覚したお恥ずかしいエピソードを書いて終わろうと思います。

 

バレエ発表会の会場で大山先生と話していると

離れた場所にいた私の母も途中から会話に参戦してきました。

 

母は挨拶するなり

「あの頃、実は息子の事を心配してお手紙をいただいたのに

返信できずじまいで終わってしまい心苦しく思っていました。

先生の手紙の内容に想いが溢れてしまい

上手く書けなくなってしまって…。

ずっと気になっていました。すみませんでした。」

 

と、謝罪したんですね。

よっぽど気になりながら過ごしてたんですねぇ。

 

それに対して先生は

「え?手紙?私が書いたの?覚えてないわー。あらすみませんね。」

と言う感じでした。

 

はて。何かあったのか?と思いつつも舞台の時間になったので

バレエを観る事に。

 

休憩時間になると、母がぽろっと話してくれました。

 

当時、私の兄弟くんは小学生ながらに

「死んじゃう」発言を繰返していたそうです。

それに対して、心配&多分母への報告として先生が手紙をくれたそうです。

 

先生は「そんな事言われたら悲しいから言わないで」とも

手紙に書いてくれていたと。

 

それを言いながら私の母。

「その頃ね、先生ちょうど旦那さんを不慮な形で亡くして間もなかったの」

と。

 

・・・・・・・。

 

ぬぁにっっっ!!!それはいかん。

 

私思わず

「あいつ(←兄弟くんの事)最低だな。サイテーだ。」

「反省すべきだな」

とぼやいてしまいました。

 

幾ら小学生だったとは言え

言っていいタイミングってもんがあるだろ。

反省部屋の刑だな。と思いました。

 

と、思ったものの

よくよく思い出してみたら、

私の兄弟くん。

 

一時期、担任の先生にイジメられる。という

かなりショッキングな体験してるんですよね。

(大山先生より前の担任ね)

 

兄弟くん的には当時、末期の精神状態の際は

本気で死んじゃう。って思ってたそうです。

 

そんな風に思ってただなんて知らなかったんだけど

大人になった今でもそんな風に言うだなんて

本当に辛かったのね。当時気が付かずすみません。

と、思いました。

 

 

確かに。

小学生という精神的に未熟な状態で

大人からイジメられるって相当キツイと思うんですよね。

助けを求めても、その求めた先の人がイジメるってかなりの罪ですよ。

 

 

そのイジメていた先生から解放された直後の担任をしてくれたのが

大山先生だったと。

 

そんな状況を思い出し

あぁ。うちの兄弟くんは実は大山先生がいたお陰で

なんとか復活出来たのかなー。なんて思いました。

 

しかし自分だって旦那さんを亡くし

大変だった状況だったはずなのに

生徒さんの為に。と一生懸命接してくれていたんですね。

 

私だったら自分が辛い時にそんな事出来ない。

なんて愛情に満ち溢れた素晴らしい人なんだ。

と感動しました。

 

と、同時に世の中。

全うに生きてても奈落の底に落とされる様な事件に

巻き込まれてしまう境遇の人がいるのか。

とやるせない気持ちになりました。

 

なんか心温かくなる感覚と、闇に飲み込まれそうになる気持ち。

真逆の感覚に同時に襲われる。という複雑な体験でした。

 

私自身女性だけど、ほんと女性って強いな。と思わされました。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

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