旧暦の新年、江戸時代の正月飾りはどんな物だった?

とろみんです!

今日は江戸時代、江戸で飾られていた正月飾りは
どんな物だったか、また、その意味について書いていこうと思います。

 

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江戸時代(後期)の正月飾りの種類

 

江戸後期は旧暦で正月が祝われていたので今の暦だと1月末から2月半ばになります。

そういった暦の違いはあれど、現在と比較的同じ様なお飾りを飾っていた様です。

 

主な正月飾り種類

◆門松  ◆しめ縄・しめ飾り

◆繭玉  ◆鏡餅

◆熊手  ◆宝船

 

 

江戸時代の人達も我々と同じ様な正月飾りを飾っていたのかと想像すると
なんだか親近感が沸いてしまいますね。

 

正月飾りとは

 

基本的には
正月飾り=年神様を歓迎する為の準備と考えてもらえればいいかと。

”ちなみに年神様とは?”

 

諸説あるのですが、
その中の1つの説として、稲作の神様。という説があります。

そしてその年神様は

各家の先祖を引き連れてやってきて、正月の間、家にいてくれると言われています。

ちょっとお盆に似た響きもありますね。

実は正月飾りには、五穀豊穣や家の繁栄を祈るものが多いのですが

年神様がどんな神様なのかを聞いたうえで、正月飾りの意味を知ると
納得出来るのではないかと思います。

 

また、現代でもさして形が変わらず残っているのも
神様をお迎えする為の準備の物だったからなんでしょうね。

正月飾りそれぞれの

門松

 

年神様をお迎えする為の物です。

古来より神事には常緑の植物が使われてきました。
一般的に、古来から日本にある植物は冬になると枯れてしまうものが多いですよね?

ところが常緑樹は枯れない為

古来の人々は「神様の世界と人間の世界の間に立つ植物」と考えたんですね。

その風習から、神様をお迎えする際は常緑樹を手向ける事になり、

正月にも青々とした葉を付ける「門松」というものを飾り神様をお迎えする準備をするようになったそうです。

 

ちょっと話は逸れますが、門松に関して個人的に疑問があります。
もし、年神様が先祖を連れて帰ってきてくれるとしたら。。。。。

もうちょっとそれぞれの家で特色ださないと
どの家か分からない。なんて事にならないのでしょうか?

ま、お盆の時も同じ事を思うのですが。。。どうなんでしょうね。

門松については別の記事も書いています。合わせてどうぞ
こちら 今も江戸時代の門松が根付く街、日本橋

しめ縄・しめ飾り

 

こちらも年神様をお迎えするための準備の品物なのですが

神様に安心して来てもらえるように「ここは清められています」という事を表すための物です。

しめ縄には
穢れた物が入ってこないように結界を張り、
人間界と神の領域を隔てるという意味があります。

きちんと清めていますので「いらっしゃって大丈夫です。」という事を表しています。

 

しめ縄に垂れ下がっているひし形が連なった様な白い紙、
あれを紙垂(かみしで)と呼びますが

しめ縄は雷雲
紙垂は稲妻

を表現しており

農作物が沢山出来る様に神様に祈った事から
今のしめ縄の形になったという説があります。

 

しめ飾りは
簡単に言うとしめ縄におめでたいものをつけ、正月用の飾りとしてしめ縄をアレンジしたもの。

しめ飾りに必ずと言って付いている「裏白」
シダの一種で鏡餅の下にもしかれたりする植物ですが
この裏白は”長寿”を願ったもの。

他には
は家族代々の繁栄が願われたもの。

えびは腰が曲がるまで生きる。=長寿を願ったもの。

ゆずり葉は家系がずっと続いていく繁栄を願ったもの。

と、言う様に、今後家族が長生きし、ずっと繁栄していく事を願った意味の物を
しめ縄に付け、お飾りにしてあります。

 

鏡餅

 

鏡餅は年神様へのお供え物ですが、

鏡餅には年神様の力が宿る。とされる為

食べると年神様の力をもらう事が出来、一年間力強く生きる。と言われています。

また、丸く平たい形をしているのは、神事で使われる鏡と同じ丸という形を使う事で
魂、すなわち生命を表していると言われています。

 

さて、
これから記載する「繭玉」 「熊手」 「宝船」に関してまず写真をご覧下さい。

 

この部屋に3つの飾りが飾ってありますが分かりますか?

部屋の照明が暗く

繭玉が分かりづらい点申し訳ないのですが大体どんな物かは見て取れるかと思います。

左から繭玉、 熊手、 宝船

 

まゆ玉

最近はあまり正月飾りとしてみる事も少なくなってきているなー。と

 

個人的には思うまゆ玉ですが、
下の写真の様に木の枝に丸いものが付いている飾りです。

お蚕さんの繭に見立てて、丸くしたお餅を木の枝に付けて飾ったのが始まりで、

繭や農作物の豊作を祈って作ったものと言われています。

今でこそ養蚕業は数が減ってしまいましたが当時は盛んだった事が想像出来ますね。

 

熊手

熊手は福や運を「かき集める」とされ、特に商売の方々には縁起物。として
扱われる様になりました。

福をかき集めてくれるので
商人だけでなく、一般の家庭の「家内安全」の福もあるとされて
飾られるようになったそうです。

おうちの中のちょっと高いところや神棚等に飾ると良いそうです。

写真では仏壇の隣に飾ってありますね。

 

宝船

船に宝物が沢山乗っている飾りです。

写真のタイプは米俵が沢山乗っていて、五穀豊穣を祈って作られたタイプです。

 

他には、七福神が乗っていて、その七福神達が福を運んできてくれる

タイプのものもあります。

現代では七福神が乗っている物の方を目にする機会が多いのではないでしょうか?

 

ちなみに熊手もそうなのですが
ご利益いただいたな。と思ったら次の年は今年の宝船より少し大きなものにしていくのが慣わしだそうです。

 

確かに酉の市で売っている熊手も小さいものから大きいものまで
沢山の種類がありますよね。

あれは年々大きくしていく為に色々な大きさが売っているんですね。

 

我々日本人には当たり前すぎる「正月」というもの。
当たり前すぎて今までどんな背景や意味があるかなんてあまり気にしませんでしたが

本来の意味を知ると、簡素化されてしまっている「正月」はちょっと勿体無いな。

なんて思ってしまいました。

 

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